天門教会こども礼拝 2020年7月5日(日)


こども礼拝「百人隊長のしもべの癒し」
日曜日9:50~10:15


お話し:みえこさん


ルカの福音書7章1節~10節
音声:
(※スマートフォーンの方はPC版でおききください)


【賛美】
♪ゴスペル 6番 「鹿のように」♪
(2回繰り返して賛美しましょう)

たにがわの流れをしたう しかのように
主よ わがたましい あなたをしたう
あなたこそ わが盾  あなたこそ わが力
あなたこそ わが望み  われは主をあおぐ


【主の祈り】
  天にまします われらの父よ。
ねがわくは みなを あがめさせたまえ。
みくにを きたらせたまえ。
みこころの 天になるごとく、地にも なさせたまえ。
われらの 日用の かてを、きょうも あたえたまえ。
われらに 罪を おかすものを、
われらが ゆるすごとく
われらの 罪をも ゆるしたまえ。
われらを こころみに あわせず、
悪より すくいだしたまえ。
国と ちからと 栄えとは、 限りなく
なんじの ものなればなり。 アーメン


イエス様が教えてくださった主の祈り、朝目覚めたら心をこめて一番に祈りましょう!
イエス様とともに歩む一日を体験してください。


【聖書】
ルカの福音書7章1節~10節
7:1
イエスは、耳を傾けている人々にこれらのことばをすべて話し終えると、カペナウムに入られた。
7:2
時に、ある百人隊長に重んじられていた一人のしもべが、病気で死にかけていた。
7:3
百人隊長はイエスのことを聞き、みもとにユダヤ人の長老たちを送って、自分のしもべを助けに来てくださいとお願いした。
7:4
イエスのもとに来たその人たちは、熱心にお願いして言った。「この人は、あなたにそうしていただく資格のある人です。
7:5
私たちの国民を愛し、私たちのために自ら会堂を建ててくれました。」
7:6
そこで、イエスは彼らと一緒に行かれた。ところが、百人隊長の家からあまり遠くないところまで来たとき、百人隊長は友人たちを使いに出して、イエスにこう伝えた。「主よ、わざわざ、ご足労くださるには及びません。あなた様を、私のような者の家の屋根の下にお入れする資格はありませんので。
7:7
ですから、私自身があなた様のもとに伺うのも、ふさわしいとは思いませんでした。ただ、おことばをください。そうして私のしもべを癒してください。
7:8
と申しますのは、私も権威の下に置かれている者だからです。私自身の下にも兵士たちがいて、その一人に『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをしろ』と言えば、そのようにします。」
7:9
イエスはこれを聞いて驚き、振り向いて、ついて来た群衆に言われた。「あなたがたに言いますが、わたしはイスラエルのうちでも、これほどの信仰を見たことがありません。」
7:10
使いに送られた人たちが家に戻ると、そのしもべは良くなっていた。


【お話し】 
今日は、ルカの福音書7章1節~10節の聖書のお話を紙芝居を通して、皆さんにお話しさせていただきます。
 6月の礼拝では、イエス様は神の子として、その権威と力は自然界から神の国にまで及ぶことを皆さんと一緒に学んできました。イエス様は言葉で命じるだけで、悪い霊を追い出したり、嵐を静めたりなさいましたが、今日のお話は、イエス様がガリラヤのカペナウムという町に来られた時のことです。


①  カペナウムには、人々の安全を守る兵士たち100人を指揮する“百人隊長”が住んでいましたが、百人隊長が大切にしているしもべの一人が重い病気にかかり、死にかけていました。百人隊長はとても心配していました。

そんな時、イエス様がこの町にいらっしゃったことを耳にしたのです。不思議な力で病気を治してくださるイエス様のことを聞いていた百人隊長は、知り合いのユダヤ人の長老たちにお願いして、イエス様にしもべを助けに来て欲しいと伝えました。
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なぜ、自分でイエス様のところに頼みにいかなかったかと言うと、百人隊長は外国人(異邦人)だったからです。この頃、ユダヤ人は外国人と付き合いをしなかったので、百人隊長は、自分がイエス様に会いに行くのは失礼だと考えて、ユダヤ人の長老たちに託したのです。そのようなことができたのは、外国人である百人隊長とユダヤ人の長老たちの間に信頼関係や尊敬の思いがあったからでした。

そこで、長老たちはイエス様のもとにくると熱心にお願いしました。「百人隊長は、ユダヤ人を大切にしていて、私たちのために会堂を建ててくれた人です。ぜひ、百人隊長の願いを聞いてあげてください。どうぞしもべの病気を治してあげてください。」と。
イエス様は「わかりました」と、おっしゃって彼らと一緒に行かれました。

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②  百人隊長の家の近くまで来た時、百人隊長の使いの友人たちがやって来て、こう伝えました。「イエス様が、私の家にわざわざおいでいただくなんて、イエス様に失礼だと思います。ですから、しもべの病気が治るように『おことば』で命じてください。そうすれば、私のしもべは必ず治ります。」と。

 百人隊長は、しもべを助けてもらうために、「ただ、おことばをください」とイエス様に願いました。百人隊長には、隊長としての権威で命令すれば、部下はその通りに従うという力がありました。
イエス様のお言葉には、私の命令以上のすばらしい力がありますから、「治れ」と命じる言葉だけで、その通りになると百人隊長は信じていたのです。

 【ここで私が教えらたことは】
・百人隊長はイエス様の言葉の力を信じていました。
・イエス様に対して、わざわざ自分の家まで出向いてくださらなくてもいいですという百人隊長の謙遜な心と態度です。


③  イエス様はその時、百人隊長の言葉に大変驚いて、ご自分について来た人々の方を振り向くと「イスラエルのうちでも、これほどの信仰をみたことがありません」と、イエス様の言葉の力を信じた百人隊長の信仰を、イエス様は喜び、おほめになりました。
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 また、百人隊長が外国人(異邦人)であったことは、主イエス様の救いとお恵みはユダヤから始まり、全世界に延べ伝えられたことが分かります。その主イエス様のお恵みは、全人類におよんだということを、ここから学ぶことができます。 ハレルヤ! 感謝です。

④  百人隊長の友人たちが家に戻ると、しもべの病気はすっかり良くなっていました。百人隊長が信じた通り、遠く離れた場所でも、イエス様が命じるだけで病気が治りました。
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 イエス様の言葉には力があり、必ずその通りになります。百人隊長のように謙遜で、イエス様のみ言葉への信頼に満ち、み言葉に期待する信仰をイエス様は喜んでくださるのです。
 聖書のみ言葉は、神様の言葉ですから、今日も明日も信じる私たちを励まし、辛いときには慰め、道を示し、イエス様のことを教えてくだるのです。
 今日のお話しの中にも、主イエス様の発せられる「言葉の力」そして百人隊長の自分には資格がないけれども、それにもかかわらず恵みを受けたいと願う「謙虚な心」と態度、それによって、病がいやされるという奇跡が実現したということです。


【賛美】
♪ゴスペル 47番 「ハレル ハレル」♪

1.ハレル ハレル ハレル ハレルヤ
主をほめよ
ハレル ハレル ハレル ハレルヤ
主をほめよ
主をほめよ ハレルヤ 主をほめよ ハレルヤ
主をほめよ ハレルヤ 主をほめよ

2.ハレル ハレル ハレル ハレルヤ
  さんびしよう
  ハレル ハレル ハレル ハレルヤ
  さんびしよう
  さんびしよう ハレルヤ さんびしよう ハレルヤ
  さんびしよう ハレルヤ さんびしよう


暗唱聖句】
「わたしがいのちのパンです。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんな時にも決して渇くことがありません。」ヨハネの福音書6章35節

【祈りましょう】
 恵み深い天の父なる神様、今日も皆が一緒に礼拝をささげることができましたことをありがとうございます。百人隊長のように、イエス様の言葉の通りになると信じて従っていくことができますように助けてください。イエス様の力をいつも信じて「おことばをください」と言えますように。
イエス様のお名前によって、感謝してお祈りいたします。アーメン


天門教会 聖日礼拝2020年6月28日(日)10:30~12:00

タイトル 【四重の福音・聖化されたイエスの人】

説教:貴村かたる牧師

聖書:1ペテロ1章3∼21節
音声:
(スマートフォンの方はPC版でお聞きください)

🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶
招きの言葉

詩篇 23篇
23:1
 主は私の羊飼い。
私は乏しいことがありません。
23:2
 主は私を緑の牧場に伏させ 
いこいのみぎわに伴われます。
23:3
 主は私のたましいを生き返らせ 
御名のゆえに 私を義の道に導かれます。
23:4 
たとえ 死の陰の谷を歩むとしても
 私はわざわいを恐れません。
あなたが ともにおられますから。
 あなたのむちとあなたの杖それが私の慰めです。
23:5 
私の敵をよそに あなたは私の前に食卓を整え
 頭に香油を注いでくださいます。
23:6 
まことに 私のいのちの日の限り
 いつくしみと恵みが 私を追って来るでしょう。
私はいつまでも 主の家に住まいます。


礼拝賛美
聖 歌 718 (救いぬしの愛と)
聖 歌 706 (エリコの城をかこみ)
讃美歌  7 (主のみいつと)
聖 歌 710 (罪の世びとらに)
頌栄
讃美歌 544 (あまつみたみも)

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

イエス様が教えてくださった“主の祈り”を祈りましょう。

主の祈り
天にまします 我らの父よ
願わくは御名を崇めさせたまえ
御国を来たらせたまえ
御心の天になるごとく 地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を 今日も与えたまえ
我らに罪を犯す者を 我らが赦すごとく
我らの罪をも 赦したまえ
我らを試みにあわせず 悪より救いだしたまえ
国と力と栄とは
限りなく 汝のものなればなり
アーメン

🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶

聖書:1ペテロ1:13∼21節【新改訳2017】

1:13
ですから、あなたがたは心を引き締め、身を慎み、イエス・キリストが現れるときに与えられる恵みを、ひたすら待ち望みなさい。
1:14
従順な子どもとなり、以前、無知であったときの欲望に従わず、
1:15
むしろ、あなたがたを召された聖なる方に倣い、あなたがた自身、生活のすべてにおいて聖なる者となりなさい。
1:16
「あなたがたは聖なる者でなければならない。わたしが聖だからである」と書いてあるからです。
1:17
また、人をそれぞれのわざにしたがって公平にさばかれる方を父と呼んでいるのなら、この世に寄留している時を、恐れつつ過ごしなさい。
1:18
ご存じのように、あなたがたが先祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、
1:19
傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によったのです。
1:20
キリストは、世界の基が据えられる前から知られていましたが、この終わりの時に、あなたがたのために現れてくださいました。
1:21
あなたがたは、キリストを死者の中からよみがえらせて栄光を与えられた神を、キリストによって信じる者です。ですから、あなたがたの信仰と希望は神にかかっています。

題目【四重の福音・聖化されたイエスの人】


1) 神は聖なるお方
  神は聖なる方です。その御心や働きも全て完全です。信仰生活をするのは神が聖であるように私たちも完全な聖徒となるためです。それには私たちはイエス・キリストの中に入って行く必要があります。
 イエスは謙遜で忠誠な姿にて父に仕えるために人となられました。この地に下りて来られた主は父の御前で死にまで従いました。父はこの忠誠を喜び、御子を死んだ者の中から生かされました。私たちはイエスと結びついてその栄光を受けて復活に与かろうとする者です。

2) 神の聖化された心霊
  イエスは外見上特に誇るべき点はありませんでした。しかし、その方の心は神を感動させました。その方の心霊は真に神を愛し、神を慕い求め、神に頼りました。神は外見で人を扱われず、心霊の聖によって選ばれます。
  私たちはイエスを信じて生まれ変わったときから神を知りはじめ、神に似るようになりました。イエスの中に入っていき、神の聖化された心霊をもたなければなりません。主の語られたしるしとは外見ではなくて聖化された心霊から出て来るものです。

3) 聖化されたキリスト者
    私たちは聖化されたキリスト者とならなければなりません。聖化されたキリスト者は、悔い改め恵みを豊かに受けた霊的な者です。私たちは霊的な人となって、聖化されたキリスト者となり、復活という目標に向かって行かなければなりません。
 私たちは恵みに満たされた主の心霊をもった者として神が喜ばれる霊的な生活をしなければなりません。従う者が天の御国に導かれます。

4)イエスの血
     神はキリストの血によって私たちを生かされました。それゆえ、キリストの血によらなければ、私たちは決して命を得ることができません。救いを受ける前に私たちは悪魔が支配するこの世にいましたが、御子の血の功労に頼ってこの世から脱け出しました。
 私たちを救った血は神が予め知っておられた血です。キリストの血によって、私たちはサタンの支配から解放されたのです。

5)自分を聖く区別しよう
 自分が神のものであると認める者は自分を聖く区別しなければなりません。酒やタバコや賭博は神を知らない者がもつ習慣です。神の子である皆さんはキリストの血によって買い取られた者です。信じない者とくびきをともにしないで、自分を聖く区別してください。皆さんは神のものです。皆さんの信仰と希望は神にかかっているのです。聖化された霊魂こそが第一の復活に与る者です。アーメン

祈りましょう・・・父なる神様、聖書にはキリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまな情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。とあります。私たちがイエス様の十字架の功労と真理の御言葉によって肉の力から救ってくださったことを心から感謝いたします。それによって御霊によって歩む生活を見出すことができました。生涯聖なる神の御顔を仰げるように御言葉を慕い求めます。御言葉によって聖化された生涯へ日々導いてください。皆が第一の復活に与る者となりますように、聖霊の助けを乞い願います。イエス様の御名によってお祈りいたします。アーメン

天門教会こども礼拝 2020年6月28日(日)


こども礼拝「嵐を静める」
日曜日9:50~10:15

お話し:スティーブさん

マルコの福音書4章35節~41節
音声:
(※スマートフォーンの方はPC版でおききください)


1. 挨拶 

前奏   
最初に喩香子先生が前奏を演奏してくださいますので。皆さん、心をしずめて、イエス様のほうに、自分の気持ちを向けましょう! お願いします。


2. ユース礼拝の紹介
 
皆さん、今朝、神様の御前で礼拝します。
 イエス様が一緒におられます。だから、皆さん、礼拝のあいだ、自分の気持ちや賛成などを隠さないように、元気に「アーメン、ハレルヤ」等と大声で告白しましょう!恥ずかしがらないでください!神様が喜びますよ!

【賛美】
♪聖歌652番「原に若草が」♪

1.はらにわかくさが あおくもえだすと
 ゆきどけのみずが たかくおとたてる

※おりかえし
わたしたちも はるのよろこびを うたおう
はるをつくられた かみさまを うたおう

2.かぜがやわらかく のはらをとおると
 きのえだがゆれて さらさらささやく

3.とおくでかちくの こえがきこえると
 ちかくでことりが なにかうたいだす

4.つくられたものは はるの日をあびて
 はるをつくられた かみさまほめてる


【主の祈り
  天にまします われらの父よ。
ねがわくは みなを あがめさせたまえ。
みくにを きたらせたまえ。
みこころの 天になるごとく、地にも なさせたまえ。
われらの 日用の かてを、きょうも あたえたまえ。
われらに 罪を おかすものを、われらが ゆるすごとく
われらの 罪をも ゆるしたまえ。
われらを こころみに あわせず、
悪より すくいだしたまえ。
国と ちからと 栄えとは、 限りなく
なんじの ものなればなり。 アーメン

イエス様が教えてくださった主の祈り、朝目覚めたら心をこめて一番に祈りましょう!
神様は喜んでくださいます。


【はじめに】 
復習 
 先週の話を覚えていますか?復習しましょう!

先週、神様の癒しを学びました。
その癒された人の病気、
何でしたか?

中風

癒されるために、イエス様まで中風の人が運ばれました。しかし、玄関で入れることできませんでした。
どこで入りましたか?

屋上に上って、かわらをはがし、
そこから彼の寝床を、人々の真ん中、イエスの前につり降ろした。
ルカ5:19

彼らの信仰を見て、イエス様は何と言われましたか?
「友よ、あなたの罪は赦された」
ルカ5:20
 

3. 【聖書】
聖書:マルコ4章35~41【新改訳2017】

4:35
さてその日、夕方になって、イエスは弟子たちに「向こう岸へ渡ろう」と言われた。
4:36
そこで弟子たちは群衆を後に残して、イエスを舟に乗せたままお連れした。ほかの舟も一緒に行った。
4:37
すると、激しい突風が起こって波が舟の中にまで入り、舟は水でいっぱいになった。
4:38
ところがイエスは、船尾で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生。私たちが死んでも、かまわないのですか」と言った。
4:39
イエスは起き上がって風を叱りつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風はやみ、すっかり凪になった。
4:40
イエスは彼らに言われた。「どうして怖がるのですか。まだ信仰がないのですか。」
4:41
彼らは非常に恐れて、互いに言った。「風や湖までが言うことを聞くとは、いったいこの方はどなたなのだろうか。」

4. 【 お 話 】 
今日の話はガリラヤ湖というところで起こりました。
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前のほう、世界の地図があります。この赤い箱は、新約聖書の現場を表します。
もうちょっと近く見れば、ガリラヤ湖はこの辺にあります。
もう一回近づけば、ガリラヤ湖、ここにあります。
 今日の話の中には、弟子たちとイエス様は舟でカぺナウムから、ゲラセまでガリラヤ湖を渡りました。全部でこの航路は20キロぐらいでした。これから、今日の話を始めます。

 夕方、イエスは集まった群衆たちを残して、弟子たちに「向こう岸(ぎし)へ渡ろう」と言われました。
向こう岸でなさりたいことがあったのです。
弟子たちの中には、以前この湖で漁をしていた者もいます。イエスの言葉に従って、すぐに向こう岸へと舟をこぎ出しました。

 ところが湖の上で、激しい突風(とっぷう)に見舞われたのです。突風はガリラヤ湖ではよく起こることでしたがその日はいつもよりも激しかったのでしょう。船の中まで波が入ってきて、水でいっぱいになってしまいました。弟子たちは必死に水をかき出しても、追いつきません。舟が沈んだら死んでしまうかもしれません。

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 弟子たちはイエスのところに行きます。
心の中は恐れでいっぱいだったでしょう。ところが、イエスは、この危機の中、船尾(せんび)で眠っておられたのです。弟子たちはぞれにいらだったのでしょう。
「先生。私たちが死んでも、かまわないのですか?」と、責めるようなことを言ってしまいます。私たちも、大変な状況のときに、祈ってもつらいままだったり、問題が解決しないと、神に文句を言いたくなることがあります。
 
 イエスは起き上がって、風を𠮟りつけ、湖に「黙れ、静まれ」と言われました。すると、吹き荒れる風が凪(なぎ)になり、湖は静かになったのです。

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 イエスは、「どうして怖がるのですか?まだ信仰がないのですか?」と弟子たちをお叱りになりました。激しい突風が吹き荒れる間、イエスは船から降りてしまったのではなく、船の中の弟子たちと共におられました。そして、自然を支配する権威をもつ神が守ってくださると信じて、安心して眠っておられたのです。

 これまで弟子たちは、病気の癒しや悪霊の追い出しなどイエスが行う奇跡を見てきました。しかし、その方が天地万物を造り、自然を支配する権威があるまでは理解できなかったのでしょう。イエスが共にいて下さるから大丈夫という信頼が弱かったのです。風や湖を従わせたイエスを、弟子たちは「いたいこの方はどなたのだろうか」と恐れました。

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 それから向こう岸に着くと、イエスは悪霊に取りつかれた人を救われました。
主イエスは、自然界さえも支配しておられる神です。これほどの権威をもつお方が、私たちとともにいて人生を導いてくださいます。私たちにはコントロールできないような状況でも、私たちの人生を導き、神のために用いてくださるのです。恐れることがあるときは、このことを思い起こしましょう。イエスが共にいてくださるなら大丈夫、という信頼を深めていきましょう。

【暗唱聖句】
「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」    ヨハネの福音書3章3節

【祈りましょう】
 天の父なる神様、御名を賛美いたします。Heavenly Father, we praise Your Name, the Name of Jesus, the Name that is above all other names. 主よ、その御名は本当に力があります。私が疑わないように導いてください。Lord, guide us, let us not doubt Your Strength or Your Power in our lives. As we saw today with the apostles to whom was shown Your Strength, guide us Lord, protect us, and help us weather the storms that come in our lives. Let us not rely on our own strength. Rather let us submit and trust in You for all things.主イエスキリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

 

天門教会 聖日夕礼拝2020年6月21日(日)17:00~18:45


タイトル 【この方は恵みとまことに満ちておられた】

説教:山﨑 進 師

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聖書:ヨハネの福音書1章1~18節
音声:
(スマートフォンの方はPC版でお聞きください)

🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶

イエス様が教えてくださった“主の祈り”を祈りましょう。

主の祈り

天にまします 我らの父よ
願わくは御名を崇めさせたまえ
御国を来たらせたまえ
御心の天になるごとく 地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を 今日も与えたまえ
我らに罪を犯す者を 我らが赦すごとく
我らの罪をも 赦したまえ
我らを試みにあわせず 悪より救いだしたまえ
国と力と栄とは
限りなく 汝のものなればなり
アーメン

🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶

聖書:ヨハネ 1章1~18節【新改訳2017】
1:1
初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
1:2
この方は、初めに神とともにおられた。
1:3
すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもなかった。
1:4
この方にはいのちがあった。このいのちは人の光であった。
1:5
光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。
1:6
神から遣わされた一人の人が現れた。その名はヨハネであった。
1:7
この人は証しのために来た。光について証しするためであり、彼によってすべての人が信じるためであった。
1:8 彼は光
ではなかった。ただ光について証しするために来たのである。
1:9
すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。
1:10
この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。
1:11
この方はご自分のところに来られたのに、ご自分の民はこの方を受け入れなかった。
1:12
しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。
1:13
この人々は、血によってではなく、肉の望むところでも人の意志によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。
1:14
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。
この方は恵みとまことに満ちておられた。
1:15
ヨハネはこの方について証しして、こう叫んだ。「『私の後に来られる方は、私にまさる方です。私より先におられたからです』と私が言ったのは、この方のことです。」
1:16
私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けた。
1:17
律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。
1:18
いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。


天門教会 聖日礼拝2020年6月21日(日)10:30~12:00


タイトル 【四重の福音・神癒】

説教:貴村かたる牧師

聖書:ルカによる福音書4章33∼39節

音声:
(スマートフォンの方はPC版でお聞きください)

🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶
招きの言葉

詩篇 23篇
23:1
 主は私の羊飼い。
私は乏しいことがありません。
23:2
 主は私を緑の牧場に伏させ 
いこいのみぎわに伴われます。
23:3
 主は私のたましいを生き返らせ 
御名のゆえに 私を義の道に導かれます。
23:4 
たとえ 死の陰の谷を歩むとしても
 私はわざわいを恐れません。
あなたが ともにおられますから。
 あなたのむちとあなたの杖それが私の慰めです。
23:5 
私の敵をよそに あなたは私の前に食卓を整え
 頭に香油を注いでくださいます。
23:6 
まことに 私のいのちの日の限り
 いつくしみと恵みが 私を追って来るでしょう。
私はいつまでも 主の家に住まいます。


礼拝賛美
聖 歌 616 (カルバリやまより)
聖 歌 232 (つみとがをゆるされ)
讃美歌 500 (みたまなるきよきかみ)
讃美歌 536 (むくいをのぞまより)
頌栄
讃美歌 543 (主イエスのめぐみよ)

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

イエス様が教えてくださった“主の祈り”を祈りましょう。

主の祈り
天にまします 我らの父よ
願わくは御名を崇めさせたまえ
御国を来たらせたまえ
御心の天になるごとく 地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を 今日も与えたまえ
我らに罪を犯す者を 我らが赦すごとく
我らの罪をも 赦したまえ
我らを試みにあわせず 悪より救いだしたまえ
国と力と栄とは
限りなく 汝のものなればなり
アーメン


🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶 🎶

聖書:ルカ4:33∼41節【新改訳2017】
4:31
それからイエスは、ガリラヤの町カペナウムに下られた。そして安息日には人々を教えておられた。
4:32
人々はその教えに驚いた。そのことばに権威があったからである。
4:33
そこの会堂に、汚れた悪霊につかれた人がいた。彼は大声で叫んだ。
4:34
「ああ、ナザレの人イエスよ、私たちと何の関係があるのですか。私たちを滅ぼしに来たのですか。私はあなたがどなたなのか知っています。神の聖者です。」
4:35
イエスは彼を叱って、「黙れ。この人から出て行け」と言われた。すると悪霊は、その人を人々の真ん中に投げ倒し、何の害も与えることなくその人から出て行った。
4:36
人々はみな驚いて、互いに言った。「このことばは何なのだろうか。権威と力をもって命じられると、汚れた霊が出て行くとは。」
4:37
こうしてイエスのうわさは、周辺の地域のいたるところに広まっていった。
4:38
イエスは立ち上がって会堂を出て、シモンの家に入られた。シモンの姑がひどい熱で苦しんでいたので、人々は彼女のことをイエスにお願いした。
4:39
イエスがその枕元に立って熱を叱りつけられると、熱がひいた。彼女はすぐに立ち上がって彼らをもてなし始めた。
4:40
日が沈むと、様々な病で弱っている者をかかえている人たちがみな、病人たちをみもとに連れて来た。イエスは一人ひとりに手を置いて癒やされた。
4:41
また悪霊どもも、「あなたこそ神の子です」と叫びながら、多くの人から出て行った。イエスは悪霊どもを叱って、ものを言うのをお許しにならなかった。イエスがキリストであることを、彼らが知っていたからである。

題目【四重の福音・神癒】

1) イエスを知れ
神が私たちに与えてくださったものは信仰です。その信仰によらなければ救いを受けることはできません。エペソ1章にはイエスを知る精神という言葉が出てきます。イエスをはっきりと知らなければいけないのです。イエスを知る精神を持たなければいけません。わが霊魂よ、気を引き締めましょう。イエスの御言葉を単なるナザレの大工の息子の言葉として聞くか、神の御子であり救い主でもあるお方の言葉として聞くか。神の御言葉はすべて教会に語られるものです。私たちは説教を聞くとき人の言葉ではなく神の教えとして聞かなければいけません。説教者も神の御言葉をとりつぐために命を懸けています。今日の本文ではイエスは律法学者たちのようにではなく権威ある者のように教えられました。権威ある者とは王です。イエスは王。それゆえ、権威と力をもって汚れた霊に「出ていけ」と命ずることができたと聖書は言っています。王の権威をもった御言葉は霊が聞きます。

2)悪霊と御言葉

聖書をよく見てください悪霊が入ってくると病気になります。今日御言葉を聞いたとしてもまだ病気を持っている人がいます。病気を霊的にみると悪霊です。この世では病気に名前を付けますが霊的にはすべて悪霊です。悪霊に侵された者こそ御言葉を聞く必要があります。まず御言葉を毎週しっかりとよく聞いてください。

3)苦難と癒しの体験
私は幼いころ気管支拡張という病気で一年間入院しました。いつも喘息で苦しかったことを覚えています。しかし、その頃よく聖書を読み祈る者でしたので、癒されました。また、若いころむち打ちで2年間ほど痛みがひどく悩まされていました。しかし、バプテスマを受けて癒されました。それから3年程前に、数ヶ月間ほど、喘息よりもひどい呼吸困難の日々を過ごし、祈ることも、聖書を読むことも出来ずに、長い期間眠れませんでした。この時は悪霊を追い出す力もありませんでした。悪霊の追い出しをしてもらい、悪霊が出て行ってから今はすこぶる元気です。心から悔い改めてイエスの御言葉とイエスの血と聖霊とイエスを信じる信仰によって呼吸困難と喘息が瞬間なくなりました。

4)悪霊出しと神癒
皆さん、人の声ではなく王である神の御言葉、霊に語られる御言葉を聞いてください。そして悪霊が出ていくように呪ってください。霊魂に神の権威が現れるようにしてください。霊によって悪霊を呪ってください。主よ、私に御言葉を与えてください。私に主の力を命じてください。アーメン

祈りましょう・・・父なる神様、今日メッセージを聞いた人々が神を信じて、神の御言葉を信じて、イエス様が悪霊を追い出した働きを信じて、癒し主なるイエスの御名の恵みと力を信じることができますように聖霊様が助けてください。御言葉に永遠に従っていって、イエスが生きて働かれる神であることを知って、救いを受けて健康になって健やかな霊魂になられますように力と導きを与えてください。病床にある者達を癒し、その信仰を助けいつも慰め励ましてくださいますようにイエス様の御名によってお祈りいたします。アーメン


天門教会こども礼拝 2020年6月21日(日)

こども礼拝「中風の人のいやし」
日曜日9:50~10:15

お話し:あけみさん

ルカの福音書5章17節~26節
音声:
(※スマートフォーンの方はPC版でおききください)

【賛美】
♪聖歌652番「原に若草が」♪

1.はらにわかくさが あおくもえだすと
 ゆきどけのみずが たかくおとたてる

※おりかえし
わたしたちも はるのよろこびを うたおう
はるをつくられた かみさまを うたおう

2.かぜがやわらかく のはらをとおると
 きのえだがゆれて さらさらささやく

3.とおくでかちくの こえがきこえると
 ちかくでことりが なにかうたいだす

4.つくられたものは はるの日をあびて
 はるをつくられた かみさまほめてる

【主の祈り】
  天にまします われらの父よ。
ねがわくは みなを あがめさせたまえ。
みくにを きたらせたまえ。
みこころの 天になるごとく、地にも なさせたまえ。
われらの 日用の かてを、きょうも あたえたまえ。
われらに 罪を おかすものを、われらが ゆるすごとく
われらの 罪をも ゆるしたまえ。
われらを こころみに あわせず、
悪より すくいだしたまえ。
国と ちからと 栄えとは、 限りなく
なんじの ものなればなり。 アーメン

イエス様が教えてくださった主の祈り、朝目覚めたら心をこめて一番に祈りましょう!
神様は喜んでくださいます。


【聖書】
ルカの福音書5章17節~26節
5:17
ある日のこと、イエスが教えておられると、パリサイ人たちと律法の教師たちが、そこに座っていた。彼らはガリラヤとユダヤのすべての村やエルサレムから来ていた。イエスは主の御力によって、病気を治しておられた。
5:18
すると見よ。男たちが、中風をわずらっている人を床に載せて運んで来た。そして家の中に運び込み、イエスの前に置こうとした。
5:19
しかし、大勢の人のために病人を運び込む方法が見つからなかったので、屋上に上って瓦をはがし、そこから彼の寝床を、人々の真ん中、イエスの前につり降ろした。
5:20
イエスは彼らの信仰を見て、「友よ、あなたの罪は赦された」と言われた。
5:21
ところが、律法学者たち、パリサイ人たちはあれこれ考え始めた。「神への冒涜を口にするこの人は、いったい何者だ。神おひとりのほかに、だれが罪を赦すことができるだろうか。」
5:22
イエスは彼らがあれこれ考えているのを見抜いて言われた。「あなたがたは心の中で何を考えているのか。
5:23
『あなたの罪は赦された』というのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか。
5:24
しかし、人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたが知るために―――。」そう言って、中風の人に言われた。「あなたに言う。起きなさい。寝床を担いで、家に帰りなさい。」
5:25
すると彼はすぐに人々の前で立ち上がり、寝ていた床を担ぎ、神をあがめながら自分の家に帰って行った。
5:26
人々はみな非常に驚き、神をあがめた。また、恐れに満たされて言った。「私たちは今日、驚くべきことを見た。」


【お話し】

先週はイエス様のことばには、権威と力があり、人々はその教えに驚いたことを学びました。変わることのない神の力と恵みをもたらしたのです。聞いた人々を励まし、力を与え、生かし導くことばは、それを聞いた人々に衝撃を与えました。
今日のお話しも、ガリラヤのカペナウムの町での出来事です。力あることばを語り、病気を治してくださるイエス様のうわさは遠くまで伝わってきていました。ここカペナウムの町の人々も、イエス様が来られたことを聞き、多くの人々が集まってきました。近くからも、遠くエルサレムからも沢山の人々が来ました。イエス様のお話しを聞きたくて集まってきた人もいれば、病気を治していただきたい人もいたかもしれません。また、パリサイ人や律法学者などの指導者たちもいました。


① イエス様が、ある家の中で話しておられる時に、中風という病気で寝たきりになっていた人が4人の男たちによって連れてこられました。イエス様に病気をいやしていただこうと思って、4人の友達がその人を寝床に載せたまま運んで来たのです。ところが、あまりにも大勢の人が集まっていたため、イエス様の前に置こうとしても、近づくことさえもできない状態でした。

② 家の出入り口からでは、どうしても室内に運び入れることができなかったため、4人の友達は屋上に上って瓦をはがして穴をあけ、そこから病人を寝床ごと、群衆の真ん中につり降ろして、イエス様の前に置きました。当時のイスラエルの家の天井は、がんじょうな造りではではなかったので、このようなことができたのでしょうね。それにしても、家の中にいた人たちは、急に天井に穴が開いて寝たままの人がつり降ろされてきたのですから、それはそれは、びっくりしたことでしょうね。
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③ イエス様は、屋根の瓦をはがしてまでして、イエス様のもとにこの病人を連れて行こうとする4人の友だちと、また、大勢の人たちの前に不自由な自分の体をさらしてやって来たこの病人の内に、イエス様に対する信頼の姿を見られて、イエス様は病人に「友よ、あなたの罪は赦された。」と、おっしゃいました

④ そして「あなたに言う。起きなさい。寝床をかついで家に帰りなさい。」と。すると彼はすぐに人々の前で立ち上がり、寝ていた床をかつぎ、神をあがめながら自分の家に帰って行った。人々はみな非常に驚き、神をあがめた。また、恐れに満たされて言った。「私たちは今日、驚くべきことを見た。」

 以上が今日のお話しのあらすじでした。

今日は特に2つのことに注目してみましょう。

※ 一つ目は中風の人の友だちの行動です。
病人のいやしを確信している4人の友だちの信仰です。
先ほど読みました、ルカの福音書5章18節~19節を見ますと、この友達の大胆な行動は、一見すると非常識です。人の家の屋根の瓦をはがしたのです。上から突然ほこりや泥が落ちてきたかと思えば、天上に穴があき、寝床ごと人がつり降ろされてきたのですから、そこに居合わせた人たちの驚きを想像できますね。
しかし、イエス様の視点は「病人と、4人の友人の信仰」でした。彼らの大胆な行動である、瓦をはがしてでもイエス様のいやしを信じる信仰をごらんになったのです。

※ 二つ目は、「友よ、あなたの罪は赦された」という、イエス様の言葉です。
唐突にも思えるイエス様のことばですが、そのことが、パリサイ人や律法学者たちに強い反発を抱かせることになりました。どうしてイエス様は、そのようなことばをおっしゃったのでしょうか。

ヨハネの福音書9章2節~3節を読みます。
9:2
弟子たちはイエスにたずねた。「先生、この人が盲目で生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。両親ですか。」
9:3
イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。この人に神のわざがあらわれるためです。」

 このヨハネの福音書のみことばから分かるように、当時のユダヤ人社会において、病気は何らかの罪に対する神様からのさばき・報いとみなされていました。ですから、この中風の人は寝たきりで不自由な体の状態で病という肉体的なつらさと痛みだけでなく、「罪人だ」という社会的な苦しみや重荷をかかえていたかをイエス様は見抜かれました。また、この人は病と同時に解決すべき罪を自覚し、悔いる思いの中で、病のいやしへの期待だけでなく、罪の赦しを望んでいたのかもしれません。
  イエス様は、彼らのイエス様に対する信頼、信仰を確認したうえで、まず、「罪の赦し」を宣言してくださいました。そして、罪の赦しの宣言に続いて、イエス様は「あなたに言う。起きなさい。寝床をかついで家に帰りなさい。」と言われ、中風の人の体をいやされました。
 まさに、心身の回復とユダヤ人社会における回復とがもたらされた瞬間です。いやされた人は神をあがめ、それを見た人々も驚きと恐れをもって、神をあがめました。

 イエス様は、病をいやすことによって、ことばだけでなく事実として人の罪を赦す権威をもっておられる神様であることを、集まった人々に示されたのです。
 私たちにとって、神様の前に解決されなければならない第一のことは、罪の問題です。イエス様は、その罪の問題を解決するために来られたお方です。
 今も、イエス様のおことばは生きて働いておられます。イエス様は人の心の奥深くをごらんになり、必要を与えてくださることを学びました。
 今日も一人ひとりのお友達が、イエス様と出会いますようにお祈りして、お話しを終わります。



【賛美】
♪ゴスペル 6番 「鹿のように」♪
(2回繰り返して賛美しましょう)

たにがわの流れをしたう しかのように
主よ わがたましい あなたをしたう
あなたこそ わが盾  あなたこそ わが力
あなたこそ わが望み  われは主をあおぐ


【暗唱聖句】
「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」    ヨハネの福音書3章3節

【祈りましょう】
 恵み深い天の父なる神様、今日は寝たきりでからだの不自由な人の病の回復と、お友達の篤い信仰を学びました。イエス様はまことに人の心の奥深いところをごらんになり、「友よ、あなたの罪は赦された」と宣言され、心身ともにいやしてくださいました。イエス様は、ただ一人、私たちの罪を赦すことのできるお方です。今現在も、私たちはイエス様の十字架の死と復活を信じることによって、「友よ、あなたの罪は赦された」という宣言を聞くことは、何とすばらしい恵みでしょう。
 今日もお友達一人ひとりの心の深いところで、イエス様との出会いが与えられますように心よりお祈りいたします。今週も全地のお友達をお守りください。そしてこども教会の礼拝に、お友達が帰ってきてくださることを切にお祈りいたします。
イエス様のお名前により、感謝してお祈りいたします。アーメン


天門教会 聖日礼拝2020年6月14日(日)10:30~12:00


タイトル 【四重の福音・新生と恵み】

説教:貴村かたる牧師


聖書:ヨハネ3:16∼21
音声:
(スマートフォンの方はPC版でお聞きください)

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招きの言葉
詩篇 23篇
23:1
 主は私の羊飼い。
私は乏しいことがありません。
23:2
 主は私を緑の牧場に伏させ 
いこいのみぎわに伴われます。
23:3
 主は私のたましいを生き返らせ 
御名のゆえに 私を義の道に導かれます。
23:4 
たとえ 死の陰の谷を歩むとしても
 私はわざわいを恐れません。
あなたが ともにおられますから。
 あなたのむちとあなたの杖それが私の慰めです。
23:5 
私の敵をよそに あなたは私の前に食卓を整え
 頭に香油を注いでくださいます。
23:6 
まことに 私のいのちの日の限り
 いつくしみと恵みが 私を追って来るでしょう。
私はいつまでも 主の家に住まいます。


礼拝賛美
聖 歌 521 (キリストのは代えられません)
聖 歌 573 (みたまはあめより)
聖 歌  56 (七日の旅路)
讃美歌 298 (しゅとしゅのことば)
頌栄
讃美歌 542 (よをこぞりて)


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イエス様が教えてくださった“主の祈り”を祈りましょう。

主の祈り

天にまします 我らの父よ
願わくは御名を崇めさせたまえ
御国を来たらせたまえ
御心の天になるごとく 地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を 今日も与えたまえ
我らに罪を犯す者を 我らが赦すごとく
我らの罪をも 赦したまえ
我らを試みにあわせず 悪より救いだしたまえ
国と力と栄とは
限りなく 汝のものなればなり
アーメン

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聖書:ヨハネ3:16∼21節【新改訳2017】
3:16
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
3:17
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
3:18
御子を信じる者はさばかれない。信じない者はすでにさばかれている。神のひとり子の名を信じなかったからである。
3:19
そのさばきとは、光が世に来ているのに、自分の行いが悪いために、人々が光よりも闇を愛したことである。
3:20
悪を行う者はみな、光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光の方に来ない。
3:21
しかし、真理を行う者は、その行いが神にあってなされたことが明らかになるように、光の方に来る。

題目【四重の福音・新生と恵み】

1)恵みと公儀の神
神は恵み深い方であられます。神は世に福音を全人類に伝えられ、この世に遣わした一人子イエス・キリストを信じる者は救われます。
福音は神の恵みのお便りである。恵みとは神の賜物という意味である。強制的ではなく、ただ悔い改めて福音を信じる者だけにくださる救いの賜物を私たちのホーリネスの群れは新生といっています。
神の御言葉はそれ自体が法です。公義です。この聖書の中に書いてある全ての御言葉は公義です。ですから一つも一点一画も否定することができません。御言葉が生きるといったら、生きることができるし、また、与えるといわれたら私たちは与えられます。また、「あなたは死ぬであろう!」といわれたら、私たちは死んでしまいます。ですから、あなた方は滅ぼされるといわれたら、私たちは滅びてしまいます。
ノアの時代にただ8人だけ救われて、ソドムからはロトの家族の一部だけが救われたのです。
このように神の御言葉は、一点一画も変わることが出来ません。何故なら神は公義であられるからです。私たちの父なる神は、その品性はとても愛が深い方で、また、慈しみ深い方であられます。しかし、それはあくまでも、神の御言葉の中で、従順する者に対しての神の品性です。恵みとは神の賜物という意味です。


2)悔改めの重要性
神の賜物は、ただ悔い改めて福音を信じる者だけにくださる、救いの賜物です。悔改めなくしては、神の恵みを受けられません。そして、神はまたイエス・キリストを信じる者だけを救われる規則を決められました。全人類を救われることが神の目的であれば、人類は一人も滅びないでしょう。しかし、救いは賜物であるので、悔改めてただ信じる者だけが救われるのです。
悔い改めないと、自分の霊魂の中に聖霊充満がないのです。恵みがないのです。エデンの中では悔い改めがありませんでした。悔い改めがあったならば、罪を犯したアダムとエバはエデンの園から、追い出されることもなかったでしょう。
聖書は、悔い改めなければ滅びてしまうと言っています(ルカ13:1~5)しかし、救いは賜物であるので、ただ信じる者だけが救われます。私たちは信仰を持って恵みを受けたのです。この恵みは天で生きることです。

3)聖霊充満になって
私たちはイエスを信じない時は、聖霊を受けることができませんでした。悔い改めなかった時は聖霊充満ではありませんでした。
しかし、イエスを信じて悔い改めて聖霊を受けました。私たちは信仰を持って恵みを受けました。この恵みは天で生きることです。
私たちの霊魂が罪と共にいると裁きを受けます。罪とは主を信じないことです。主イエスは悪魔の仕業を滅ぼすことと、イエスを信じる者たちを救われることを兼ねて行われます。私たちも主と共に悪魔に敵対して、恵みを受けて救いを受けましょう。アーメン