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zoom RSS 召天者記念 聖日礼拝【生まれる前から愛されていた】2017年11月5日(日)10:30〜

<<   作成日時 : 2017/11/11 00:00   >>

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タイトル【生まれる前から愛されていた】日曜日 10:30〜

司会 西舘あけみ

聖書 ヨハネによる福音書 3章16節

奏楽 五月女淳子姉

賛美奉献 五月女淳子姉
奏  楽 鈴木喩香子
音声



(スマートフォーンの方PC版でお聞きください)

♪ 主はわが牧者なり(詩篇23篇)
♪ われ聞けり かなたに



説教 貴村かたる



音声
(スマートフォーンの方PC版でお聞きください)

礼拝讃美
聖 歌  687 (まもなくかなたに)
聖 歌  638 (やがて天にて)
讃美歌  312 (いつくしみふかき)
讃美歌  136 (われきけり)
讃美歌  541 (ちち・みこ・みたまの)


聖書 ヨハネによる福音書3章16節

3:16
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(新改訳聖書)

聖書 ヨハネによる福音書
   3章16節(リビングバイブル)

3:16
実に神は、ひとり子をさえ惜しまず与えるほどに、世を愛してくださいました。 それは、神の御子を信じる者が、だれ一人滅びず、永遠のいのちを得るためです。
 

タイトル【 生まれる前から愛されていた 】

どのような人間も自ら命を持っている人はいません。その命を持っておられる方は、イエスしかいません。

イエスの命を持つようになれば、永遠に生きることができますし、健康になることができます。

イエスの命というのは、霊魂に命を与えると言う命です。永遠の命を言います。

霊魂に関わる命を持っておられる方は、イエスだけです。イエスは神の御子です。
神の御子が持っておられる命は、父なる神が持っておられる命と同じです。イエスが語られたみ言葉こそ命です。

アダムとエバが善悪を知る木の実を食べてしまったので、結局彼らは自ら死を招いてしまったのです。アダムとエバの選択は死を選択してしまったのであり、全ての人類も同じ選択をしています。
 
絶望の中の人々は、先に理解しなければならないと言うことがありますが、それは私達の過ちでは無いと言うことです。私はアダムとエバの子孫だ。私は罪人だ。
それは認めなければなりませんが、イエス・キリストのみ言葉を受け入れる為には、私達の心を開かなければなりません。

人の心には、天国の門もあり、地獄の門もあります。

地獄の門は私の心の中にあります。その反対に天国の門も同じです。天国の門も私の心の中にあります。
だから、あなたの心を開きなさい。そうすればわたしはあなた方の心に入って行きます。とイエスは言われました。 
 
イエスがこの世に来られる前は私達の心に天国の門は無かったのです。ただ、私達の心には地獄の門しかありませんでした。しかし、イエスはこの世に来られて、私達の心の、即ち全ての人々の心に天国の門を設置されるようになりました。
 
誰でも、天国の門を開くのであれば、地獄の門が閉ざされます。

神は人の子の日にため、何としてもアダムからの人類の霊を生かすことを約束されたのです。
アダムからの人類の霊が死ぬことも、人類の霊がさばきを受けることも神が定めたことです。天使であれ、霊的人類であれ、すべての霊たちが生きるか死ぬかは、ただ神の権限におかれています。
 
 神の戒めに逆らう霊は必ず死に、神の戒めを守る者は必ず生きる。これは神が定めたことです。

神の戒めに逆らって死んだ霊を再び生き返らせるために、人類に代わって死ぬわざを、肉体によって来られるイエスに永遠の前にお命じになったのであり、イエスは世に来られて人類の罪を担い、身代わりとなり十字架で血潮をながされました。ここに創造主の愛があります。

天地万物の創造の前からキリストの身代わりの死は定められていました。そこにイエス・キリストの愛があります。

神の愛を信じイエス・キリストを受け入れ永遠の命を得ることが、最も優先すべきことです。
 シャローム
 
 ・・・それでは、イエス様が教えてくださったように

主の祈りを祈りましょう。

主の祈り

天(てん)にますます我ら(われ)の父(ちち)よ 

願わく(ねが)は御名(みな)を崇めさせた(あが)まえ

御国(みくに)を来(き)たらせたまえ 

御心(みこころ)の天(てん)になるごとく 地(ち)にもなさせたまえ 

我ら(われ)の日用(にちよう)の糧(かて)を 今日(きょう)も与(あた)えたまえ

我(われ)らに罪(つみ)を犯(おか)す者(もの)を 我らが赦(ゆる)すごとく

我(われ)らの罪(つみ)をも赦(ゆる)したまえ 

我らを試(こころ)みにあわせず 悪(あく)より救(すく)いだしたまえ 

国(くに)と力(ちから)と栄(さかえ)とは

限(かぎ)りなく汝(なんじ)のものなればなり アーメン


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