天門教会(プロテスタント)

アクセスカウンタ

zoom RSS 主日礼拝【み言は霊魂を包む】2017年10月29日(日)10:30〜

<<   作成日時 : 2017/11/01 23:30   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

タイトル 【み言は霊魂を包む】日曜日 10:30〜

司会 依田幸子

聖書 マタイによる福音書 
4章1〜11節

奏楽 ヒム・プレヤー

説教 貴村かたる

音声


(スマートフォーンの方PC版でお聞きください)

礼拝賛美

聖 歌 573 (みたまはあめより)
讃美歌 225 (すべての人に)
聖 歌 597 (沖へいでよ)
聖 歌 570 (雨をふりそそぎ)
聖 歌 225 (すべての人に)
聖 歌 383 (ちち・みこ・みたまの)


聖書 :箴言 3章7〜8節 (口語訳聖書)

3:7
自分を見て賢いと思ってはならない、主を恐れて、悪を離れよ。

3:8
そうすれば、あなたの身を健やかにし、あなたの骨に元気を与える。

マタイ 4章1〜11節(口語訳聖書)

4:1
さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。

4:2
そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。

4:3
すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。

4:4
イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。

4:5
それから悪魔は、イエスを聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて

4:6
言った、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」。

4:7
イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」。

4:8
次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて

4:9
言った、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」。

4:10
するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。

4:11
そこで、悪魔はイエスを離れ去り、そして、御使たちがみもとにきて仕えた。

聖書 ヨハネの黙示録 19章13節 (口語訳聖書)

19:13
彼は血染めの衣をまとい、その名は「神の言」と呼ばれた。



◆【み言は霊魂を包む】
 
 心を、どうすればよく管理することが出来るでしょうか?私達の霊魂は心の中にあります。心はみ言に包まれれば心を管理することができます。

 霊魂が幸いを得る時に、全てのことで幸いを得ることが出来ると聖書は言っています。霊魂が幸いを得る為には、心の状態によります。心の影響を受けます。全ての病気も同じです。心から始まるのが、通常です。
自分の心を管理しなければなりませんが、しかし心の中に難しいことがあります。潜在意識というのがあります。無意識というのがあります。

 人間の潜在意識の中で、自分を知恵のある者と思うという考えが初めの人アダムより入っていると言います。自分を知恵のある者と考えるのであれば(箴言3:8-7)。その骨に元気を失ってしまう。と聖書は言います。

 聖書は、神を恐れなかったり、悪を行ったりする時、私達の骨は元気になることができないと記しています。骨は血を造る器官です。汚れてしまう骨と言うのはそこからたとえ血を造ったとしても、きれいな血を造ることが出来ません。

 私の霊魂と私の心が和解しなければなりません。心がみ言に包まれる時こそ、私の霊魂が幸いを得ることができますし、健康を回復することが出来ます。家の中での生活が、幸せになることが出来ます。

 開かれた本文では、
 イエスは聖霊を受けられたのち、荒野に入っていって断食をしました。

 その時までイエスは30年間すでに聖書を多く読み、学ばれていました。そのようなイエスに聖霊が臨まれて、その方にあったみ言が働きはじめました。

 このようにイエスは聖霊と真理によって充満な状態で荒野に入っていかれました。イエスはただ聖霊と真理だけに頼るために、30歳の青年の肉体がもっている力すらも完全になくそうとされました。

 イエスは40日間水も飲まず、断食をされました。イエスはただ聖霊と真理だけに頼ったまま、試みる者の前に出て行かれました。

 試みる者は悪魔です。悪魔という名称自体に試みる者という意味が含まれています。

 悪魔は早くからエデンの園で初めの人アダムを試みて倒しました。そののちの人類はすべて罪人となりました。

ところが最後のアダムが来られて、かつてのその試みる者に出て行かれました。悪魔はやはりイエスを試みました。

 しかし初めのアダムとは異なり、最後のアダムでおられるイエスは悪魔の試みを退けられました。 

 神は人間がこの世にあるどのようなものによっても悪魔の試みに勝つことができないということを知っておられます。
 神は人間が悪魔のすべての惑わしと呪いから抜け出すことができるように、ひとり子を送られました。

 全能なる神の考えは、人間はただイエス・キリストによってだけ悪魔の試みに勝つことができ、悪魔が犯したすべてのことを解決できるというものでした。

 このように神の御子から私たちが受けることができるものは神が私たちに施される恵みですが、悪魔から受けることができるものはそれがどんなによいものであっても結局は試みしかありません。
 イエスは悪魔の試みを受ける前に肉体のすべての気力をなくされました。そして聖霊に頼ってみ言によって悪魔の試みを退けられました。

 イエスが「書いてある!書いてある!書いてある!」と聖書に記録されたみ言を提示して悪魔は退くしかありませんでした。

 悪魔が与えるものはどんなにそれが天下の栄光であっても結局それ自体が試みに過ぎません。悪魔は休むことなく私たちを攻撃しているため、身を慎んで目を覚まして悪魔の攻撃を退けなければなりません。

 この世の人たちは悪魔の試みを自分の運命だと考えます。しかし私たちは人々に呪いを与える敵がいるという事実を真理を通して悟りました。そして神が下さった真理によって敵の攻撃に勝つことで、み言で霊魂を包む戦略でうまくいくようにすることができます。

イエスは神の御子でおられながらも自分の権威を押し立てることによって悪魔を相手にしないで、「書いてある御言葉」を頼られました。神のみ言が心をも包むようにしよう。み言によって生きよう!アーメン
 
・・・それでは、イエス様が教えてくださったように

主の祈りを祈りましょう。

主の祈り

天(てん)にますます我ら(われ)の父(ちち)よ 

願わく(ねが)は御名(みな)を崇めさせた(あが)まえ

御国(みくに)を来(き)たらせたまえ 

御心(みこころ)の天(てん)になるごとく 地(ち)にもなさせたまえ 

我ら(われ)の日用(にちよう)の糧(かて)を 今日(きょう)も与(あた)えたまえ

我(われ)らに罪(つみ)を犯(おか)す者(もの)を 我らが赦(ゆる)すごとく

我(われ)らの罪(つみ)をも赦(ゆる)したまえ 

我らを試(こころ)みにあわせず 悪(あく)より救(すく)いだしたまえ 

国(くに)と力(ちから)と栄(さかえ)とは

限(かぎ)りなく汝(なんじ)のものなればなり アーメン

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
主日礼拝【み言は霊魂を包む】2017年10月29日(日)10:30〜 天門教会(プロテスタント)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる