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zoom RSS 主日礼拝【神様を求める人の幸い】2017年10月15日(日)10:30〜

<<   作成日時 : 2017/10/25 13:59   >>

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タイトル 【神様を求める人の幸い】日曜日 10:30〜

司会 貴村かたる

聖書 マタイによる福音書 
7章1〜12節

奏楽 鈴木喩香子

ピアノ奉献  鈴木喩香子
・シューベルト 即興曲 90ー2
                

音声:


(スマートフォーンの方PC版でお聞きください)

説教 佐藤 繁 師</strong>
   (日本基督教団 菖蒲教会担任教師)
   
音声・タイトル【神様を求める人の幸い】




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聖書

マタイ 7章1〜12節(共同訳聖書)

7:1
「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。

7:2
あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。

7:3
あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。

7:4
兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。

7:5
偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。

7:6
神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。」

◆求めなさい

7:7
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

7:8
だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。

7:9
あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。

7:10
魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。

7:11
このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。

7:12
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」

タイトル【神様を求める人の幸い】 マタイ7章1〜12節
 この章の1-5節でイエスは「さばいてはいけない」と言われ6節では「聖なるものを犬に与えてはいけない」と注意を与えています。

 さばいてはいけない」のは兄姉に対してです。兄姉すなわち主にある兄弟姉妹は全員が何らかの罪をもっているのでさばくべきではなく、むしろイエスにつく者達は自分の罪の大きさに気づいている者ではなくてはならないのです。なぜなら私達は主がいのちをもって買い取ってくださったイエスの者だからです。自分は罪人のかしらであり値をもって買われたものであると自覚するべきです。

 「求めよ、そうすれば与えられる」と主は言われましたが、人が求めるから与えられるのでしょうか。主が良いものを与えたいから人に求めさせられるのでしょうか。
 
 主イエスは私達に聖霊を与えてくださいます。

 本当に神は私達に聖霊を溢れるほど豊かに注ぎたいのです。しかし、求めない人にとって主の真理は豚に真珠です。イエスは霊の恵みを溢れるまでに注ぎたいと願っておられるのです。

 私達は、自分の欲望のままに進む広い道を進むのではなく、自分を捨て、主にのみよりすがる狭い門を通って主イエスの御許に行く者です。
 
 冒頭のみ言葉は「求めなさい」と命じ、13、14節では「狭い門から入れ」と命じておられます。

 求めれば与えられるのではありません。与えらられるから求めなさい。との教えであることをよく確認しなくてはいけません。

 そのことが判りますと、私達の願いを求めるのではなく、神様が与えてくださるものを求めるべきことが判ります。

では一体神様はどんなものをくださるのでしょうか。12節で主は律法と預言者すなわち旧約聖書は自分にしてもらいたいことをほかの人にしてあげなさいと教えていると言われます。私達は、自分がしてほしいと思うことを他の人いしてあげることを求めるべきことをここで学びます。

 主の真理をみ言葉の中から捜し求めなければなりません。

そのとき、イエスは私達に良いものを与えてくださいます。本当はイエスは私達に聖霊を溢れるほど豊かに注ぎたいのです。自分の空しさを知って求める者に、聖霊を豊かに注いで下さることを覚えましょう。シャローム


・・・それでは、イエス様が教えてくださったように
主の祈りを祈りましょう。

主の祈り

天(てん)にますます我ら(われ)の父(ちち)よ 

願わく(ねが)は御名(みな)を崇めさせた(あが)まえ

御国(みくに)を来(き)たらせたまえ 

御心(みこころ)の天(てん)になるごとく 地(ち)にもなさせたまえ 

我ら(われ)の日用(にちよう)の糧(かて)を 今日(きょう)も与(あた)えたまえ

我(われ)らに罪(つみ)を犯(おか)す者(もの)を 我らが赦(ゆる)すごとく

我(われ)らの罪(つみ)をも赦(ゆる)したまえ 

我らを試(こころ)みにあわせず 悪(あく)より救(すく)いだしたまえ 

国(くに)と力(ちから)と栄(さかえ)とは

限(かぎ)りなく汝(なんじ)のものなればなり アーメン


佐藤繁先生 生命のみ言葉の恵み心より感謝申し上げます。
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